春嵐に翻弄されて… 〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。


 
 



     




家人が愛でておいでのツツジの茂みに、
もうじき弾けるような純白の花が毬のようになって咲き揃い、
傍らに少しずつ翠葉が繁茂している紫陽花の株と、
その色合いの拮抗で初夏の風情を楽しませてくれるのも間近だろう。
木々の梢にも若葉が少しずつ盛り上がり、
木陰を通り抜ける風がそれは心地よいのだが、
今年もまた、GW辺りからぐんぐんと気温が上がるに違いなく。
処によっては真夏日と呼ばれるほどまで暑い日がお目見えし、
このまま夏になっちゃいそうねなんて言い回しが、
ご挨拶の折、口々にこぼれること請け合いで。

 「久蔵からはまだ連絡はないのか?」

昔風の建築用語で二間は幅のあろう広々とした掃き出し窓の外に、
萌翠の柔らかさも目映い庭を望みながら、
何でもないことのようにそうと訊く御主なのへ、

 「はい。」

キッチンの方から戻ってきた年若な家人が、
リビングセットのテーブルの傍に膝をつき、
大ぶりな日頃遣いの湯呑をクルミ材の盆から丁寧に降ろしつつ、
やはり穏やかな声で返事を寄越す。
もう一人の家人にしてまだ高校生の青年が、
今日はちょっとばかり特別なお出掛けをしておいで。
内容的にはそれほど大変な務めでもないが、
その結果をして、
似たような悪巧みを企てようとしかねぬ輩への戒めも兼ねており。
何処にも遺漏の無いように取り計らえと
常にも勝る 気の入りようで皆してあたっているのだが、

 「加藤から気になる話を聞いておる。」

壮年となられても死線を辿るような緊迫の現場に出ておいでの、
それは雄々しき気概をいまだたたえておいでの宗家の御主。
気がかりなことと言いつつ、やはり平板な声にて紡いだのが、

「拓真の御大が何やら動いておるらしいとな。」
「それは…。」

正式な関係者たる“名乗り上げ”を成してはないこちらの家人へ、
本来は伝えてはならぬ域の情報だが、
彼には深いかかわりのある人物であり、
しかも本日務めへ出ている青年へも微妙に影落とす存在であるが故、
黙っていては酷であろうと判断されたようであり。

「諏訪の支家を支えておられた古株の筆頭、だからの。」
「確か入院なさってたのでは。」
「月初めに退院したらしい。」

顎にお髭がようよう映える壮年殿の言に、
従者たる若き美丈夫がどこか浮かぬ顔になるのは、
彼の父御が任務上の奇禍にて若くして亡くなり、
それより少し前、まだ幼かった彼の存在を母が隠したがため、
継ぐ者が無くなって没した諏訪だという背景が故。
今はこの彼の消息も知れ、健在で居るがため、
ならば諏訪の復興をという派が しきりとざわめいている
…という現状を知っているからに他ならぬ。
没したとはいえ、それへ仕えていた者らは健在。
他の支家へ移されただけであり、
しかも、こちらの彼さえ意思を決めれば再興の道もあると
先代の宗主が約していたことが、現状を微妙な運びにしている。
諏訪の皆様も元は名代の支家を守りし方々で、思うところも深く。
何も問題を起こしたいわけではなく、
現在の宗主や家老会へ正面切って意見するでなし、
表面上は黙しておいで。
だがだが、こちらの彼の名乗り上げさえも
傍付きとしている宗主様が妨害しているのではないかと
邪推する者もなくはなし…という、ややこしい微妙な空気がないではない。
そんな派閥の筆頭、木曽の先代とも昵懇だったのが拓真というご老人で。
老人といっても いまだ矍鑠としてなさり、
木曽に久蔵がいたころはよく剣の稽古をつけてもらってもいたらしく。
宗主様には意見できぬが、では次代様と目されている久蔵になら憤懣ぶつけても良かろうと、
妙な理屈で時折 鍛錬もどきの疑似襲撃を仕掛けて来られるとかで。
高階以下の傍付きも、イブキの加わった草の面々も戦々恐々としているらしい。

「本日の務め、
 皆のうちへ隠し立てされてはおらぬ、
 むしろ何かあれば助力に備えよと公開されておった代物だからの。」

あの御大が一枚噛んでくるにはちょうどいい仕込みではないかと思うてなと。
どんな立場でどのような人のことかをようよう知るものには
冗談ごとでは済まされぬ恐ろしい仕儀を、
端と口にした御主へ、

 「……。」

何と返していいものなやら、
唇をかみしめ、困ったように視線を泳がせた従者の青年だったのである。



     ◇◇


こたびの運びの中、
その存在と女学園という足場をお借りすることとなったことへの
こちらからのこれでも多大な譲歩。
本当ならば名前や姿さえ明かし晒してはならぬところを、
直接ご協力いただいているお嬢様がたへは、
結構な級で深い詳細まで明かしている彼らであり。

 眞の肩書は “証しの一族”といい、
 “御書”を埋没させぬため、そしてそこへ記される事実への“絶対証人”として
 倭の鬼神とまで呼ばれている宗主が
 いかなる極秘の、そしていかなる危険な場へも影のようにその身を現す
 今世には唯一かも知れぬ 奇跡の血統引き継ぐ一族…であるのだが。

そこまでの詳細はさすがに語れぬ。
だがだが、今この場へ振りかかっているのは、
そのような一族だからこそ起きた錯綜した事情がらみの一大事。
しかも部外者のお嬢様がしっかと巻き込まれ中とあって、

「どうお話しすれば判っていただけるものか。」

ごくごく普通一般の女子高生よりは、こういう荒事にも馴染みの深そうな変わり種。
厨二病かと引かれそうな、ありえないだろう特殊な肩書を持ち出しても、
史実からは抹消されていても“あり”かもと
疑いもせずにすんなりと納得したあたりは、
あとあとで黙していていただけるよう確認を取らねばならぬかも知れぬほどなので。
ここは急を要すとばかり、
イブキも口外して良いことへの間口をやや広げる。

「我らの一族はそれは広くあちこちにその分家が散っているのですが、」

それぞれの分家は基本 血統相続を執っており、
当主の直系である子供が後継者となり、引き継いでおります。
そんな中、先の当主が急逝し、
次を継ぐべき子息が行方知れずとなったのが“諏訪”の分家。
のちにご子息は無事見つかったのですが、その御方はお家の再興を望まぬため、
諏訪に属していた顔ぶれは他の分家に配置替えとなったままです。

 「…全国に支社がある会社みたいなものと思えばいいのかしら。」

急に何だか細かい話を始めたイブキだったのへ、
頭上へ飛んできた何か、小さめの炸裂弾らしきものを払われつつ、
平八が何とか理解しようとしている旨を伝える。
自分にはちいとも中身が判らなかった省略だらけの、だのに、
この彼らをして“そそそそそれは大変”と
素人が見ていても判るほど浮足立つほどに
慌てさせるような展開になってしまったらしいことを伝えあっていた
先程の通信の裏書なんだろうなと、そこは何となく拾えたからであり。

 「そう、そんなものです。」

微妙に違うが、この際 細かいことは言ってられない。
話をしつつ、彼女までもが外と接するフェンスの方へ進もうとするの、
何とか腕を掴んで引き止めているイブキであり。
その先では、もはや…位置でも手際の早さでも誰の手も届かぬまま、
濃青のジャケットにパンツという男子用の制服姿の紅ばらさんが、
アイビーの覆うフェンスに手を掛け、ひらりと長い御々脚を宙へ放り上げ、
それは鮮やかなフォームで柵を飛び越えたところ。
ここはやや高み、よって結構な高さを飛び下りる格好になるというに、
少しも怖じず、躊躇もなく、
ととんと数歩ほどステップを踏み、フェンス下の斜めなのり面を翔ってから、
下の中通りの道路までを無事に着地してしまう見事さで。
そんな彼女が到達した道なりに、一体どこにどうやって伏していたものか、
彼女が追った最初の一人を迎え入れる格好で
十人ほどの何者かが集まって来ようとしているのが何とも物騒。
しかも、

 “…ちっ。”

咄嗟にイブキの後追いを塞いだ格好で立ちはだかったもう一人が
後詰めとばかり、紅ばらさんの後を追う形で後ろに位置取りをしていて、
こちらの陣営が引き留めんと伸ばす手を片っ端から弾き飛ばしているのが憎らしい。
実を云やあイブキ青年もその出生地は諏訪なため、
節季などの折々、たまに実家へ戻るとそちらの筋の顔とも再会するが、
そういった機会に一番親しくしていた、いわば友人だったからで。

 “あの野郎、自分だって久蔵様クラスタだった癖にっ。”

昔なら“フリーク”、今は“クラスタ”というそうで。(コアさが微妙に違うけど…)
どう見てもすらりとした金髪の男子高校生、ではあるが、
実はこちらの女学園に在籍なさっておいでの美人女子高生。
何で見分けられないのだと歯噛みするほど、口惜しい情景が繰り広げられており。

「そんな“諏訪”の一派が、どうやらこの騒動の陰に居たらしい。
 そして、諏訪の御隠居たるお人が、
 実は久蔵様に、八つ当たり半分の奇襲を時折仕掛けておられるのですが。」

「…その人、強いの?」

さすがは やや非常識な状況への話がぱきぱきと通じるお嬢様。
こちらが何を杞憂しているのかへ、薄々と気づいたひなげしさんだったようで。
そこへすかさず言いつのるイブキくんであり。

「強いです。
 剣術の指南役を長年務めておいでの方で、
 久蔵さまへの指南もずっと手掛けておいでで。」

「高校生チャンプの師匠、なわけ?」

ひぃいとお顔を引きつらせたかと思うと、
先程久蔵が飛び越えたフェンスの上縁に手を掛けて、
身を乗り出しつつ大きな声を張る。

「久蔵殿、帰って来なさいっ!
 シチさんが心配しますから、今すぐ戻ってっ!!」

「あああ、その呼びかけ方はちょっと…。」

何と申しましょうか、
事情が判っている人たちには何とも困った呼びかけであり。
よくよう判ってない人には、たぶん、

 「ほほぉ。久蔵め、許嫁でも出来おったか。」

しかも既に しちろうじとも昵懇とは隅に置けぬなと、
更なる誤解を振りまいてしまったような結果になっており。

  ……ここまでの説明で、
  どれほどややこしいことになっているものか
  ちゃんとお判りいただけたでしょうか? (おいおい)



 to be continued. (17.04.13.〜)





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 *“凪のころ” イブキくん初登場のお話で、
  この辺りでさらっと諏訪の事情とか触れてたと思うのですが。
  自分でも“あれ?何処で説明してたかな?”と
  混乱しているネタを持ち出す暴挙です。
  紅ばらさん、そりゃあお強いおじさまが登場するよ?
  もしかして打ち負かされても泣くんじゃないよ? (こらこら)

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